ロマネ・コンティ・1935年
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ロマネ・コンティ・1935年
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開高 健
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文春文庫
玉、砕ける 7
飽満の種子 25
貝塚をつくる 63
黄昏の力 99
渚にて 119
ロマネコンティ・1935年 145
ロマネコンティ・1935年 冒頭書き出しは、
“冬の日曜日の、午後遅く、鋼鉄とガラスで構築された高層ビルの料理店で、二人の男がテーブルをはさんですわっていた。”
重役(佐治)とのロマネの試飲開始場面と、
開高がパリ滞在時代に学生街(カルチェラタン、モンパルナス界隈)のキャフェ(安酒場)で知り合った北欧女性に見初められた後の情事の回想描写が、
合わせ絵の如く、同時並行で展開してゆく。
発酵と腐敗は紙一重である。
それは、酒にも当てはまるし、女にも当てはまる。
北欧女はキャフェからの帰りに、何気なく、テーブルにあったオレンジを手にして持ち帰る。開高は気にはなったものの、その時点でその不可思議な所作の目的を知らない。
このオレンジが小説では大きな小道具に化ける。
二人が、アパートのベッドに倒れ込んだ時に、手練れの女は、やにわにオレンジを手で搾って互いの体にふりかける。シャワー代わりの体臭消しなのか、将又、催淫誘発剤なのか、開高にはよほど新鮮な体験だったらしく克明に描く。
このシーンは開高が普段から標榜する、「女が描けてこそ一流の小説家」の面目躍如、真骨頂を発揮する濡れ場である。
この小説の符丁は、〈北欧のやや草臥れた年増女の回想〉と、目の前に並べられた〈草臥れていたロマネコンティ〉をダブらせ、対比している流れにある。底に澱がたまり、劣化したロマネも捨てたもんじゃない。流石、(腐っても鯛)と言わしめる伏線となる。
重役(佐治敬三)は、小説の冒頭で、開封、テイスティング・シーンで、落胆、原因の推定、釈明、放擲と表情を変える。
開高の観察眼にかかってしまえば、遠慮会釈亡く、あの佐治敬三対しても容赦ない性格分析、心理描写をされ、生身の姿が暴かれてしまう。
創業家血筋の著名なカリスマ経営者も小説家の腑分けによって形無しである。
使用人がボスを凌駕する、若しくは、タメ口で喋る。
ビジネスとは別次元の才人に、重役は、一目も二目も置いている。
読者にとってはそのギャップが実に小気味よく面白い。